先日、地域図書館でたまたま見つけ、よくよく見てみると、非常に有益な辞典だということが分かった。
![]() | 『新潮日本語漢字辞典』 新潮社、2007年。 |
どこがいいかというと、まず、親字の字形の選定方式が書かれていて、「代表字」として字体を示し、それ以外を康煕字典体などに拠っている点。いわゆる「新字」「旧字」が一目瞭然なのだ。
7頁・凡例に
□代表字の定め方
常用漢字については、常用漢字表にある字体を代表字として収録した。
人名漢字の場合、人名用漢字表内に異体字が共存していることがあるが、それについては以下のような優先順位で代表字を定めた。
(1)常用漢字表の字体
(2)平成九年(一九九七年)時点の人名用漢字表の字体
(3)平成十六(二〇〇四年)以降に新たに加わった人名用漢字の字体
(4)表外漢字字体表の字体
(5)以上の表にない字体
例…「万」と「萬」の場合は「万」が(1)に該当するので、代表字となる。
「遥」と「遙」の場合は「「遥」」が(2)に該当するので、代表字となる。
「曾」と「曽」の場合はいずれも(3)だが、「曾」が(4)に該当するので、代表字となる。
とある。
これだけでは「?」という感じかもしれないが、それぞれの字のところを見てみると、その漢字の親字の字体の変遷が分かるように記載されている。これはいままでのどの辞書にもなかった。
たとえば、「遥」の項目には、「遙」が旧字として掲げられ、参考欄に次のようにある。
2238頁
①昭和五十六年十月に人名漢字に追加された際、「進」「揺」などに合わせて「遥」に字体整理された。②「遙」は平成十六年九月に人名漢字に追加された。③一九七八年のJISX0208第一水準では「遙」のしんにゅうの点が一つの字形が、八三年以降は「遥」が掲載されている。④万葉仮名の「え」(ヤ行)。
これを読めば、本来の字体(より正確に言えば、昭和五十六年以前の印刷字体)が「遙」であったこと、人名漢字に追加された時に、「しんにょうの点が一つ」、「揺」のようにつくりが簡素化された「遥」という字体が誕生したこと。さらにJISで漢字がコード化された際に「遙」のしんにゅうの点が一つの字形が誕生したこと(つまり従来の印刷字体に存在していなかった字体が「生み出された」こと)。その「生み出された」字体は一九八三年に「遥」がJISに採用されるまで続いたこと。
これらのことが、明確に分かるのだ。
それから注目すべきは、「万葉仮名」を載せていること。これも、おそらくは今までの漢和辞典などにはなかったものだと思う。この方針はかなり徹底されているようで、たとえば、「埿」という字がある。最近、ある漢籍を読んで、たまたま見た字だが、それまで見たことがなかった。この辞典には「泥」の別体として掲載されていて、参考欄に「「埿」は万葉仮名の「で」、「ね」。」とある。なんということはない、古代の日本人には馴染みのある字、つまりは唐代くらいまでは普通に使われていた字であろうことが想像される。他にこんなことが分かる辞典があるだろうか。
惜しむらくは、「遥」の意味欄に人名の読みとして「すみ・とお・のぶ・のり・はる・みち」と、言わば日本の古訓に由来するであろう読みが記載されているのだが、肝心の古訓(たとえば『和名抄』『類聚名義抄』などに収録された漢字の読み)が掲載されていない。これはこの辞典が「日本の近代、現代文学から漢字使用の用例」(刊行にあたって)をとったことと関係があるのだろう。
もっとも古訓は、
![]() | 白川静 『字通』 平凡社、1996年。 |
にかなり網羅的にとられているので、『字通』を見れば分かる(が、私が確認した限りでは、代表的な古辞書の古訓すべてを収録しておらず、若干、取捨選択がなされている)。他の漢和辞典にも「古訓欄」のあるものもあるが、『字通』以上に積極的に古訓を載せているものを知らない。
![]() | 佐藤 喜代治 『字義字訓辞典』 角川書店、1988年。 |
は古訓をとろうという意図のもとに編纂されたと思うのだが、これもまた古辞書に載っている古訓すべてを拾っていないので、目下、古訓を調べるには『字通』や『字義字訓辞典』にあたり、それももとでに古辞書そのものを見てみるという作業が必要になってくる。
とはいうものの、「古訓」が仕事で必要な時は、まずないんですけどね、あはは・・・(笑)。
知りたがりというのはよくないですね。
閑話休題。
ところで、『新潮社日本語漢字辞典』で一言、言っておくと、上記の「埿」は「泥」の別体として出ている他に、単独で、「土」の8画の場所に親字として項目が立っており、読みも「デイ・どろ」と出ている。
しかし、冒頭の「音訓索引」の「どろ」の箇所にも「デイ」の箇所にも出ていない。親字として単独で出ている音・訓はやはり音訓索引に出しておくべきだろう。
新潮社さんにメールでもしようかな。
ところで最近は、とある辞典の項目(熟語項目)の語釈を書いているのだが、『日本国語大辞典』も参考にしている。語釈は納得できる点が多いのだが、いかんせん用例が古いものを出すという原則から、現代での使い方の事例がほとんど載っていないことに気付いた。もとより、一つの辞書ですべてをカバーできるものではないが、
『日本国語大辞典』もある意味、『大漢和辞典』と同じような位置づけでとらえるべきかもしれない。
その話はまたこの後で。
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