この秋から、中国で出土した後漢時代の簡牘を読む勉強会に出席している。その勉強会は数年前にはできているから、私は中途からの参加なのだが、非常にためになる勉強会で、さらにフランクな雰囲気があり、レベルも高く、学問的環境がよい上に居心地がいい。なので、おそらく出しゃばって失礼なことや、適当なことを言っているに違いなく迷惑をかけていることだろうが、とにかく勉強になる。
で、そこで読んでいる後漢末期の簡牘なのだが、その報告書の釈文のできがあまりよくない^^;
たとえば、図版でほとんど墨色が確認できない、あるいはかなり薄い場合でも、堂々と何かの字に釈文している一方で、思いっきりはっきりと字が書かれているのにもかかわらず釈文されなかったり、あげくには「□」(判読不能字)とも釈文してなかったり。。。
学問的には「分からないのは分からない」「ここまでは分かります」という一定の基準が読み手に分かると理想的だし、少なくとも一定の基準で釈文してほしい。また、私は書の専門家ではないので、もう少し釈文された先生方に頑張って釈文してほしかった、というのが素直な感想。もちろん批判するだけは簡単なわけで、その学恩、お仕事にも感謝している。それにしても・・・と思わざるをえないのだ。その勉強会ではいくつかの釈文の誤りを見出したし、不審な点も多く発見している。
ただ、たしかに読みにくい。
隸書や行書の類であれば、まず釈文の間違いはないが、崩した形は難しい。自分が担当したところでは、少し頑張ってあれこれ字体字典をひっくり返して似た字を探したり、草書の崩し方の本とにらめっこして、偏はこれこれ、旁はこれこれに違いない、なんてやってみて、釈文の自説を提示してみたりした。
そんなことをしての感想は、
①漢簡の崩し字(草隸というべきか章草というべきか、分からないが)とほとんど同じものがある。つまり前漢時期の隸書の早書き?崩し字?と同じもの。
②前者、後者とも似つかない崩し方の字がある(ようだ)。←後漢末魏晋期の肉筆資料(楼蘭出土の簡牘や紙文書など)に似ているもの。
③王羲之の草書体とほとんど同じものがある。
④それ以外(つまり字ははっきり見えるのに釈文できない)もある(w
といったところか。
まぁ、当たり前と言えば至極当たり前。ありていに言えば「過渡期」だし。ある字について①=②=③、もあるし、①→②=③、①=②→③、①→②→③(→は崩し方が発展して次の字になったのが字体上からうかがえる意)もある。
ただ、私が気付いたというか、重要なんじゃないかなと思ったものは、①≠③があること。②がどう位置するかは資料量が少ないので、確認できない。つまり、ある字の崩し方が漢代を通して同じ形だったのが、王羲之の草書では全く違う形になって出てくる。これは非常に興味深い。それまでに一定の崩し方があったのにもかかわらず、なんでこう崩したか、由来が分からないような崩し方が王羲之にはあるのだただ、そんなことは誰かがすでに言ってるかもしれないし、由来も判明しているかもしれない。何度も言うように私は書道史・古文字学の研究についてほとんど知らないから。。
この事実は、よく王羲之が草書を芸術的なものにした、などというが、やはり(その芸術性?革新性?破格性?ゆえに全国に流布して)王羲之の草書・崩し方が全国規範のものになった意でとらえるべきなのではなかろうか、なんてことも頭をよぎった。
もちろん南北朝期の肉筆草書・崩し字がないし、王羲之の書体と言っても唐宋代のコピーしかないからなんとも言えないのだが。
というのも、先日、とある中国書道史の先生と少し話しをする機会があり、「中国書道史の中では顔真卿から書の美が始まる(つまり王羲之以来の伝統を破壊し、それを芸術として表現した)」という趣旨のことを聞いた。その時は「顔真卿が・・・?」と思ったが、顔真卿は当時通用していた字体とあえて違えて字を書いていたりする(楷書。顔体と言われる)。にわか学問では、それは『干禄字書』を作った家学からも推測できるように、当時の通用字体は違う、これが正しい字だ、と顔真卿があえて通用字体と違う字をも書いたわけだ(おそらくは筆法も相応に違うのだろう)。王羲之以来の古典の枠内でおさまらない字を書いた点が、革新的であり、その意味で芸術性を勝ち得た、と先の先生は言おうとしていたのではないだろうか。
そして、それと同じく、王羲之もまた、ある字の崩し方をそれまでと違った形で崩して、そこが革新的、斬新的であり、また芸術的とも評されることになったのではないか、と、書道史の素人ながら思った。
以上のことは、本当に門外漢の思いつきである。なので、たしか王羲之は草書より行書(でしたか楷書でしたか)がうまかった、とか、書体か字体か書風か、その辺の用語もかなりあやしい。。。いろいろご教示いただければと思う。書道史はなかなか理解しずらい。当然、専門家により定義も説も違うし。。。せいぜい西林昭一『書の文化史』二玄社の上・中くらいを通読した程度の知識しかない。いくつか『書道(用語)辞典』みたいなものを手にはするものの、どれがいいのか分からず↓
あ、『書の文化史』(上・中・下)とともに、新しい内容も紹介された次の本で、流れも分かり図版も多く、概説書としてよくできていると思います。お薦めです。
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類例を画像でお見せすれば、もう少し言わんとするところが分かりやすく伝わったかもしれないが、ご容赦いただきたい。
とにかく、最近は書道関係のことが知りたくて仕方がない。
中国書道史(宋くらいまでの)、それに用語(結体とか結構とか、隷意、隷変、蔵鋒、側筆、俯仰?だの。。。書道の本を読むたびに分からない用語がポンポンでてくるので。)。なにかよい辞典や概説書をご存じの方はぜひお教えください。
杉村邦彦(篇)『中国書法史を学ぶ人のために』世界思想社、2002年は一度読んだのですが^^; 全体のレファレンス的な書籍の紹介という意味においては、あまり有用でなかったようです。
ただ、書法史の研究史やどういう視点で研究がなされているかについては類書がなく非常に有益な書なので、中国の書法・書道を勉強される人にはぜひご一読を♪
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テーマ:書道 - ジャンル:学問・文化・芸術