きっかけは、1993年だったかに中国に留学していたとき、たまたま買って読んだ『六祖壇経』(原文と注のみ)を読んで、その面白さにハマったからだ。 というか、つくづく変人だな、自分は。。。
帰国後に、中川孝『六祖壇経』たちばな出版、1995年
そんなこともあり、仏教漢文を読めるようになりたい、なんて漠然と思っていた。それに、魏晋南北朝期に出始めた口語や特殊な虚詞の理解には、漢訳仏典の文法・知識・用例が有用だといくつかの本を読んで知ってはいたから。
運良く、下記の本が発売されたので、すぐに買い求めて読んだ。
伊藤丈『仏教漢文入門』大蔵出版社、1995年
この本は、漢訳された仏典の文章を品詞を分けて解説し、とくに魏晋期からよく出てくる特徴的な文法事項に留意しながら説明してくれる。また重ね型の副詞の説明や虚詞の説明に長けている。
大学院に入ったばかりの時に、たしか『三国志』の先主伝を読んでいて「更相~~」という文句が出てきて、自分はうまくその意がとれなかった。指導教官は手取り足取り教えるタイプではなかったので、僕が読んだ読みに対して「ん~、それは違うね」と言うだけだった^^; そうした二語が重なった副詞や虚詞のニュアンス、あるいは品詞を使った説明は、その当初斬新だったことを覚えている。いまでも時折読んではなるほどと思ったり、いろいろ考えさせられる本だ。
次に下記の書を買った。
金岡照光『仏教漢文の読み方』春秋社、1983年
刊行年の状況からして無理からぬことかと思うが、仏教漢文が古典漢語とどのように違っているか、また仏教漢文に特殊な語法をいくつかの句法の説明を通してとりあげていた。また僧侶などがいかに仏教漢文が読めないか、意味を知らずにお経として読んでいるだけか、などを嘆いていた文が印象的だった。漢文の解説書としてはいまひとつな印象を持った。→okjmさんの2006年10月6日のブログに目次あり。
その後は、岩波文庫の仏典関係の訳本をすべて買いそろえた(w
岩波文庫の『般若心経・金剛般若経』『法華経』『浄土三部経』もあるし、禅宗の『臨済録』『無門関』『碧巌録』、中公文庫の『唯摩経』なんかも買った。特に『碧巌録』全三冊は、宋代の口語表現がガンガン出てくるし、伝統的な漢文ではないので非常に難しい。岩波文庫の、原文と書き下し、翻訳を見るだけでも、ものすごい勉強になるし、これはすごい意義のある非常に難しい翻訳作業だなと思った。またそれだけ口語文(白話)の漢文は難しいんだなと思っていた。いくつかの表現はそのまま現代中国語にもなっている。
さて、そんなことで、禅語・禅宗の仏典というのはすごく難しいなと思っていた。でも、すごく読んでて面白かった。
そんなおり、たまたま書店でこんな本を見つけた。

秋月龍・秋月眞人『禅宗語録漢文の読み方』春秋社、1993年
手にして、パラパラ読んでみたら、これがまたすごかった。非常に詳しくて、難しいのだが、よく読者のことを配慮されて書かれているなという印象を持った。
しかし、、、6000円もする本だったので、さすがに買えなかった。
古代漢語を専攻していたわけでも、唐宋の歴史を専攻していたわけでも、仏教・禅宗を専攻していたわけでもなかったから・・・。でも、類書のない良書であることは感じられた。そうして、いつしか仏教漢文への熱意も冷めやり、今日に至っているわけだが。。。
なんとなく、少しでも安い古本があれば買いたいなとなぜか今日思い出したので、amazonなどを何気なくみたら、絶版・・・。
版元でも品切れのようだった。良書でも10年もすれば市場から姿を消すということだろうか。。。
他に、自分は未見だが
木村清孝『仏教漢文読本』春秋社、1990年 も絶版。良書の評判がある。
こうしたいい本が手に入らないというのは、実に悲しいことだ。せめて古本屋にあってほしい本だが。。。
いまのうちに、
伊藤丈『大智度論による仏教漢文読解法』大蔵出版、2003年
を買っておこう・・・。
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