このブログでは、なにげなく日本語化されている書き下し文を「漢文」と言って、原文を「古典漢語」と区別したり、また「漢文」という言葉で両方を含ませていたりする。
中国古典の原文そのものを「古典漢語」などと呼ぶことは、誤解も少なくて妥当だと思うが、まだまだ万人に分かるまではいってないだろうから「漢文」と言ったりする不統一をお許し願いたい。
さて、歴史学に時代区分(「古代」「中世」「近世」「近代」「現代」など)があるのと同様に、中国語学にも中国語の時代区分がある。
曰く、「上古」「中古」「近代」など。
歴史学専攻の自分は、大学から大学院にかけては、秦漢時代の歴史を主に研究していたので、「上古漢語」のみを対象にしていたし、今ほど漢文・漢語に特別な関心がなかったので特にそうした時代区分を意識したことはなかった。ただ、読解力をつけようと中国で出ているテキスト(「漢文教科書」みたいな本)を買ってみて、時代区分があるんだなと知った。
しかし、この「上古」「中古」「近代」はいつなのか、がよく分からないでいた。まぁ、ちらほら本を読んでなんとなく魏晋の際に上古と中古の境界があるんだなとは思っていた。
ところで、中国語で書かれた「漢文学習本」「古典漢語参考書」で有名で内容の良いものは、なんといっても
1.王力主編『古代漢語』全四冊(修訂本、中華書局、1995年)
だろう。1959年に原型ができてから、修整・増補を重ねながら現在も出版され続けている。大学院時代の中国から来た留学生に「漢文(古典漢語)はどのように勉強したのですか」と聞いたことがあるのだが、大学のゼミでの直接指導の他にはこの『古代漢語』を読んだ程度だという答えが返ってきたほどである。また日本語訳も刊行されている(下記2.3.)。ネット上には、漢文の参考書を載せたページやそれに関する質問と答えのやりとりを見かけるが、二畳庵『漢文法基礎』などの受験参考書か、せいぜい小川環樹・西川太一郎『漢文入門』ないし西川太一郎『漢文の語法』しか見たことがない。上記の本にあきたらず、古典漢語の文法・語法などを知りたい学習したい人にはぜひともお薦めなので、推奨の意をこめて下に挙げておこう。ついでにいうと、ネット上にかぎった話だが、そうした時に、太田辰夫・牛島徳次両氏の著書が出ないのも不思議な話。まぁ、漢文の参考書については、いずれゆっくりと話すときはあるだろう。
2.王力主編、豊福健二等訳『中国古典読法通論』朋友書店、1992年(←amazon.co.jp)
3.池田武雄『中国古典読法』朋友書店、1993年
2.は1.の「通論」部分のみの翻訳。内容はすぐれてるのだが、いかんせん値段が高いorz 3.は1.の修訂前の内容の翻訳。ただ今は版元品切れになっていて、朋友書店では再版時の予約を受け付けている(今夏、京都に行ったときに朋友書店に寄って予約してきた。ただ再版予定は未定とのこと)。
1.は文法書としては体系的ではない。この点は、ほぼ唯一の古典漢語の文法書とも言えるもので、いまだに定評のあるものには以下の書があり、翻訳もある。
4.楊伯峻『文言文法』北京大衆出版社、1955年(増訂版、1956年、北京出版社)
5.波多野太郎・香坂順一・宮田一郎訳『中国文語文法』江南書院、1956年
5.は4.の翻訳だが、誤植がかなりある。しかし、読むたびに発見がある古典的名著だと思う。世の漢文参考書であきたらない方には、ぜひ入手をお薦めしたい(古本でしかないが)。ただ、文法用語を原書そのままにしているので、少し読みづらい。
この点を考慮して、さらに漢文訓読と中国古典文法ということにも言及した4.の翻訳(?)が最近出された。次の6.である。
6.佐藤進・小方伴子『漢文文法と訓読処理-編訳『文言文法』-』二松学舎大学21世紀COEプログラム、2006年
実は、COEの報告書なので市販されていない。。。佐藤先生には以前お会いしたこともあるので、分けてもらえないか頼んでみよう^^;
この本の情報は、次のHPを参照のこと→二松学舎大学21世紀COEプログラム「日本漢文学研究の世界的拠点の構築」
その他、中国出版の古典漢語独学本・参考書で断代のもので、自分が持っているものは以下の二書がある。時代別になっている。
7.方一新・王雲路編著『中古漢語読本』吉林教育出版社、1993年
8.劉堅編著『近代漢語読本』(修訂本)上海教育出版社、1995年(初版本、1985年)
で、中国語の時代区分という本題にようやく入る^^;
7.は「中古」と銘打っている。ほとんど例文と注だけの構成だが、例文にとられた文章は、「壹 仏経」には三国呉・康僧会から南朝斉・求那毗までの訳経を、「参 詩歌」には後漢末の漢詩から陳詩までと、後漢末から南北朝までとなっている。「中古」は後漢末魏晋南北朝を指しているようである。
8.は「近代」と銘打っている。例文を見てみると『世説新語』から『西遊記』まで、つまりは南北朝から明代までとなる。もっとも南北朝時期は20頁のみなので、南北朝期の近代漢語的な例文を拾ってきたという感じだろうから、主体は唐~明となる。
となると、中国語の時代区分はおおよそ以下のようになる。
(1) 上古 中古 近代
~後漢 魏晋南北朝 唐~明
7.の「前言」では、「先秦秦漢の典籍を中心としている1.と唐宋以来の白話作品を中心としている8.の両書の時間的な隙間を埋めるべく、本書では魏晋南北朝時期の早期白話資料を「中古漢語」と呼んで、紹介する」という趣旨を述べている。中古・近代漢語とは、時代区分でもあり、白話という漢語の性質上からの命名でもあるわけだ。だからこそ1.『古代漢語』には、唐宋八家の文章も課題文に登場する。
こうした区分(現代漢文を加えた四区分説)は呂淑湘が唱えたとのことですが、詳しくは知りません。やはり王力『漢語史稿』くらい買うべきかなぁ。。。>専門外なのだが
一方、藤堂明保「上古漢語の音韻」(『中国文化叢書1 言語』大修館書店、1967年)では「その区切り方には、いろいろな立場があるけれども「言語」という点から考えると、次のようなやり方が便利である」と述べて、次のように区分する。
(2) 太古漢語 上古漢語 中古漢語 中世漢語 近代漢語
殷代~西周 東周~三国 六朝~隋唐 宋~明 清~現代
三国(魏・呉・蜀)と六朝(呉・東晋・斉・宋・梁・陳・隋)で、時代の重なりが見られるが、上の中国の区分と「中古」がかなり違っている。
もっとも、本書所収の香坂順一「近世・近代漢語の語法と語彙」では「この稿でいう<近世語>とは、大体、宋代から明末までの、<近代語>とは、清初から民国初期までのことばを指し」と記されており、藤堂の「中世漢語」という名称を使っていない。つまり、区分や命名は研究者によって違うということだろう。
なお、藤堂明保編『学研漢和大字典』(学習研究社、1980年)の巻末附録「中国の文字とことば」では下のように区分されている。
(3)上古漢語 中古漢語 中世漢語 近世漢語
周~漢 隋・唐 宋~明 清
あれあれ、(2)とも違いますね。区分を変えたということでしょうか^^;
ここで混乱してきました(笑)。そんなこんなで、「上古漢語」「中古漢語」はいったいいつの漢語なのかと門外漢は悩んでしまうわけです。中国での用語と日本での用語も違うようだし、研究者によっても命名や時代区分が違うでしょうし。。。
最後に、要を得ている説明文が『漢辞海』にあったので、必要な部分をすべて引用して覚書としておこう。中国語の時代区分についてご存じの方はぜひともコメント欄などでご教示くだされば幸いです(参考文献のみでも十分、助かります)。
戸川芳郎監修『全訳 漢辞海 第二版』(三省堂、2006年)
■中国語史の時代区分■
(…前略…)
以下に掲げる区分は、近年特に七世紀以降の語法史を含む研究が進んだ結果をふまえたものである。
①上古漢語…殷周から前漢まで(~紀元前後)
②中古漢語…後漢から隋末唐初まで(一世紀~七世紀)
③近代漢語早期…唐初から五代末まで(七世紀~十一世紀)
④近代漢語中期…宋初から元末まで(十一世紀~十四世紀)
⑤近代漢語後期…元末から清初まで(十四世紀~十八世紀中葉)
⑥現代漢語…(十八世紀中葉~現代)
時代の名称は、政治経済史のそれとは異なる。言語には言語に内在する歴史があるからである。「中古」は「中世」と言い換えてもよく、「近代」は、日本では一般的に「近世」の語で呼ばれている。
引用終わり。
基本的には、上古・中古・近代・現代の四大区分のようです。おそらくは語法と音韻からの区分だから、いろいろと難しいものがあるんだろうなぁ。
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