古代中国箚記

古代中国の文章・文物・歴史・研究について。とりあえず漢文(古典漢語)や漢字について徒然なるままに、また学会覚書、購書記録なども記していきます。

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『論語』顏淵篇の一節 (1)

『論語』顏淵篇に以下のような文がある。

季康子問政於孔子曰、如殺無道、以就有道、何如。
孔子対曰、子為政、焉用殺。子欲善、而民善矣。君子之徳風也、小人之徳草也。草上之風必偃。



季康子、政を孔子に問いて曰わく、
季康子が、政治について孔子に尋ねた

無道を殺し、以て有道を就すが如きは、何如、と。
不法な者を殺して正義を達成するような方法はどうだろうか、と。

孔子、対えて曰わく、子、政を為すに、焉ぞ殺を用いん。
孔子はそれにこたえて、あなたは政治をするのに、どうして人を殺す方法をとるのですか、といった。

子欲善、而民善矣。
あなたが良いことを求められれば、民衆は良くなるんですよ。

君子之徳風也、小人之徳草也。
君子の徳は風のようであり、民衆の徳は草のようなものなのです。

と、ここまでは素直に分かるし訓読もできるのだが、最後の一句の

草上之風必偃。

が、初見ではよく分からない。

前句で、為政者である支配者が善いことをすれば、支配される人々も善くなると言っている。そして君子たる支配者の徳は風で、小人である人々の徳は草にたとえている。

となれば、【風が(よい方向=一定の方向に)吹けば草も必ず(よい方向=一定の方向に)なびく】ことを表現した句であることは間違いないと思う。

問題は、その読み方だ。

草上之風必偃。

もしこの句だけ見たら、私は「草上の風は必ず偃(ふ)す」と読んで、意味がよくとれないなぁと思うだろう(というか、事実そうだった)。

『論語』は以前ブログで告白したように、貝塚茂樹訳で親しんだ。

論語 (中公文庫)『論語』
貝塚茂樹・訳注、1973年



貝塚本ではこの部分を、
「草はこれに風を上(くわ)うるとき必ず偃(ふ)す」と訓読し、
「草の上に風が吹いてくると、きっとなびくからです」と翻訳している。

以前のブログ「楚簡と音通」でも書いた通り、まず漢文は素直に読みたい。「上」を「上(くわ)える」と読むことにどうしても違和感を感じる。なにより、「草上之風」を「草はこれに風を上(くわ)うる」と仮に読めたとしても、意味がよくとれないのではないかと思う。

前句から素直に字面(じづら)を見ると、

君子之徳風也、
小人之徳草也。
草上之風必偃。


と「之」を間にはさんだ表現になっている。最後の句も、調子を合わせるために「之」を用いたのだろう。
倉石武四郎『中国古典講話』大修館、1974年
は、そのような音読した際のリズムを使って古典漢語を理解すべきだと説いているように。自分は、漢文訓読で古典漢語を読んできたのだが、音読で読むメリットをこの本を読んではじめて実感できた。リズムをつかみ、意味を正しく理解するためには必要なのだなと思った。

そして「之」の文法的用法のひとつに、倒置がある。ある語を前に出した時に、そのすぐ後ろにつける。たとえば通常「AB」という語順の句の場合、Bを前に持ってくる(倒置する)ときは「B之A」となる漢文訓読では「之(こ)れ」と読み表して、指示代名詞の「之(これ)」と読み分けているものだ。

「草上之風必偃」の「之」が倒置のサインなら、本来の語順は「風草上必偃」となり、

「草上に風ふけば必ず偃(ふ)す」=草の上に風が吹けば、(草は)必ず(その方向に)ふす

となり、意味もすんなり通る。

上のように読めるとすれば、訓読は、「草上に之(こ)れ風ふけば必ず偃(ふ)す」だろう。

さて、それにしても「上」を「上(くわ)える」と読んでいるのはなぜだろうと思って、三国魏の何晏の編になる『論語集解義疏』をひもといてみた。

孔安国曰(中略)加草以風、無不仆者。猶民之化於上也。
孔安国曰わく、(中略)草に加えるに風を以てすれば、仆れざるもの無し。猶(な)お民の上に化せらるがごときなり。

なるほど、犯人は孔安国かぁ・・・(笑)と思ったところで、今日は終わりにいたしましょう。

実はこの訓読、これで問題が終わらなかったのでした。みなさんのお手元に『論語』がありましたら、この部分、どう訳されているか、見てみてくださいね。顏淵篇の19番目です。
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テーマ:漢文・漢詩 - ジャンル:学問・文化・芸術

コメント

『孟子』の「草上之風必偃」

『孟子』(十三経注疏の簡体字版)を読んでいてどこかでみたなあと思う一句に出くわしました。もちろん『論語』も『孟子』も以前に何度か読んでるのですが、そんな昔ではなく、最近のことで、と思っていたらこちらでした。『孟子・滕文公』にも「上有好者,下必有甚焉者矣。」という言葉に続けて、「君子之徳風也、小人之徳草也。草上之風必偃。」という句が出ています。そこに対する趙岐の注では「上之所欲,下以為俗。尚,加也。偃,伏也。以風加草,莫不偃伏也」となっています。孔安国のを受け継いでいるんでしょうねぇ。この「俗」は『孟子』と対比すると、「欲する」か「倣う」のような意味でしょうかね。校注によれば、「上」は版本によっては「尚」になっているのもあるそうです。これも漢代の解釈を踏襲してるんでしょうね。ところで後日談を楽しみにしています。お暇なとき、是非よろしくお願いします。

  • 2008/06/16(月) 22:23:25 |
  • URL |
  • ひょろでぶ #FqTu9.sQ
  • [ 編集]

『孟子』にもありましたか!

ひょろでぶ さん
『孟子』の用例の詳しい紹介、本当にありがとうございます。大変参考になりました。リズムもあってよく使われていた句なのでしょうね。
後日談はしばらく忙しくて書けそうにないのですが、『孟子』にも用例があるとのことであれば、なおさら後日談として用意していた話がふくらむんじゃないかと思っています。どうかいましばらくお待ちください。

  • 2008/06/19(木) 11:40:31 |
  • URL |
  • 古中 #FvLIUmYM
  • [ 編集]

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