古代中国箚記

古代中国の文章・文物・歴史・研究について。とりあえず漢文(古典漢語)や漢字について徒然なるままに、また学会覚書、購書記録なども記していきます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

中国語の文法書といえばこれに尽きる!!

Why?にこえたるはじめての中国語の文法書
Why?にこえたるはじめての中国語の文法書


朗報です。
思わず、ブログを書いてしまいましたwww

基本的であり、詳細な説明で知られる中国語文法解説書の『Why?にこえたるはじめての中国語の文法書』が20年ぶりに改訂されました。用例を新たにした部分、文法解説を新たにした部分、画像資料を増やしたなど、変わっているようです。

私もはじめは「学ぶ」者として、そして、やがては「教える」者として、愛用してきました。

ざっとしかまだ見ていませんが、ある程度文法的な解説も加わっているので、買い直した方がいいでしょう。
すばらしい仕事だと思います。
スポンサーサイト

白川静 三部作『字統』『字通』『字訓』

いま、ちょっとした仕事で古語辞典の項目執筆をしているのですが、猛烈に、


新訂 字訓白川 静
『新訂 字訓』
平凡社、2007年





が欲しい。いや、禁書令(本を買わない運動//笑)が出ているので買いたくないのだが、仕事で使うので買っちゃおうか、いややめておくべきか。。


この白川静の『字訓』は、いわゆる白川静三部作『字統』『字訓』『字通』のうちのひとつである。

『字統』は、白川氏の畢生の大作『説文新義』は基本になっていて、漢字の淵源にさぐった漢字字源字書とでもいうべきもの。甲骨文・金文・篆文の形を複数出しており、字義を細かくさまざまな方法で読みとっていく。「漢字の語源・字源」については現在もさまざまな説があり、学説が一致している漢字を見つけ出す方が難しいくらいだ。

学研の漢和辞典は藤堂明保の学説をいまも引き継いでいるし、三省堂の『漢字源』は「『説文解字』の訳」を載せることで語源・字源の解説の代わりとしている(ため、『説文解字』にない字の字源解説はなされていない)。その他の出版社の漢和辞典は今手元にないので触れないが、漢字の語源を網羅的に研究した人は、中国人にも(ほとんど?)おらず、日本の加藤常賢・藤堂明保・白川静の三氏くらいしか、私の頭には出てこない(もしかしたら他にもいるやもしれず)。

一言でいえば、漢和辞典をひいて、漢字の語源・字源を調べてはいけない、のである。

そこには、誰かの説が載っているか、あちこちの語源説を切り貼りしたような、そして一見もっともらしいものが書かれているけれど、実は語源に迫っていない説が立派な顔をして載っているのがオチである。

もちろん、漢和辞典をひいて、漢字の意味を調べることはできる。しかし、こと語源となるとそう簡単にはいかないのである。

これは、日本語でも同様で、『古語辞典』にはたくさんの用例とともにその古語の意味は載っているけれど、たとえば「あさ」という和語の語源についてはまったく示されない。したがって、「朝」の「あさ」と「浅はか」の「あさ」が同じものから出てきているのか、まったく別物なのか判断がつかない。

むろん、それらは『日本語語源辞典』のような書名のものに載っているのであるが、これは「誰かの説」を載せているにすぎないのが実情である。

古語辞典の項目を執筆する中で、漢字の語源同様に日本語の語源、つまり和語の語源というのは本当にさぐりがたいのだと痛感した(そもそも文字資料が絶対的に少ないので当然のことである)。

たとえば、古語「浅し」には「時間があまり経っていない」(「春は浅い」「夜が浅い」など)ことを表す意味がある。それに比して漢語の「浅」には「水が少ない」「水かさが少ない」から「考えが小さい」「色が小さい(薄い)」ことを意味しているが、こと「時間」については「浅」は用いられない。

#「浅学」は、学んだ時間が短い、あるいは短時間で学んだことだから「知識に乏しい」ことを意味しているのではなく、あくまでも「少ない量を学んだ」=「知識に乏しい」意なのである。


すると、漢語「浅」と和語「あさ(し)」を古代の日本人は、ほぼ同じ意味だとして「あさ」という音に「浅」という漢字をあてて定訳(つまり訓)としたわけですが、素人考えではありますが、上の比較から判断するに、

和語の「あさ」には「時間があまり経っていない」ことを表す意味がある(もしかしたらそれは語源かもしれない)わけです。

「あさ」に「朝」という漢字をあてはめれば、「1日の中で時間があまり経っていない時」という意味になるではないですか。

と、ここまで書いたら、トンデモな内容でかつ、白川静三部作からかなり離れてしまいました(笑)。


古代の日本人は、和語を漢字にあてはめる作業をして、訓読みができたわけですが、漢字は文字としてのイメージも強ければ、熟語の数・概念の数も多かったはずです(古代漢語の熟語を見れば分かるでしょう)。和語としての意味は、現代には『古語辞典』などにかすかに見受けられる程度かもしれません。

ここにフィーチャーした古語辞典が、白川静の『字訓』なのであります。引用古文は『日本書紀』『古事記』『万葉集』を基本にしていて、和語の語源にも迫っています。類を見ない辞典なのです。


新訂 字統白川静
『新訂 字統』
平凡社、2007年





は、新訂版になる前に古書店で6000円ほどで買い求め、睡虎地秦簡の字の同定などに使ったり、いわゆる白川氏の「口」説を含むさまざまな説を読みました。一時期は普通の漢和辞典をひく前にこれをひいたものです。

そんな作業をして気づいたことがあります。ところどころで違う説明をしているのは、辞書という大量のデータを相手にしているのでやむを得ないかとは思いますが、説明が非常に細かい漢字と、ほとんど説明がないような漢字があるのです。

使っていて、よくよく考えてみると、説明が詳しい漢字は、白川氏の「漢字はすべて祭祀関係のものであった」という自説を述べることができるところで、説明のほとんどない漢字は、祭祀関係ではないものだったりしました(音が近いから仮借したなどとする場合もあるが、他の所で詳細に語源を書いているのと対照的にあっさりしたものです)。

その辺に白川説の限界を感じたものです。また祭祀に使う入れ物(口)についても、そうだったかもしれないし、そうでなかったかもしれない、と言ってしまうことも可能です。実証実験や追試ができないからです。私自身は、祭祀関係の漢字については、かなり真実に迫っているのではないか、と思っています。

というのも、「占卜を記録する」行為は極めて神聖なものであり、そこに刻まれた甲骨文字(すなわち漢字)も神聖なものであったはずです。具体的な祭祀の道具や行為をより多く刻んだとすれば、白川氏の方法はベストな方法でしょう(もっともすでに指摘されているように、甲骨文字に簡冊を意味する「冊」という字が存在していたので、木簡・竹簡にも漢字は記されたでしょう。ただし、それを文書行政に使ったとは到底考えられませんから、何らかの祭祀関係で使われたのでしょう)。

白川氏も、甲骨文字の時代に文字の仮借を想定しているように、この時代ですでに仮借が行われていたのであれば、漢字はその頃すでにそれなりに長い歴史を有していたのでしょう。藤堂明保氏がよく白川氏を「言葉が先にあったのか、漢字が先にあったのか」と批判するのも理解できますし、単語家族説もギチギチに適応しない余裕があれば、受け入れられるものも少なくありません。

語源・字源を探るには、絶対的に資料が少ないので、様々なアプローチがあってしかるべきなのです。

ちなみに、

字通白川 静
『字通』
平凡社、1996年。




は、CD-ROM版を導入しているので、普通の漢和辞典のようにして使っています。というか、スタイルとしては普通の漢和辞典そのものです。『字統』と『字訓』がそれまでに類を見ないものだったのです。

あぁ、欲しい・・・。





と、つい現実逃避をしてしまいました。仕事に戻ろうっ!

<2013.8.14 追記>

上で披露した「浅し」のアサと「朝」のアサは同じではないか、という「思いつき」ですが、下記の書籍にこうありました。


日本語源大辞典前田 富祺(監修)
『日本語源大辞典』
小学館、2005年





あさ・い【浅い】

語源説

④アサは朝と通じる〈国語本義・名言通・和訓栞・紫門和語類集〉。



江戸後期からそう考える人はいたんですね。当否は分かりませんけれど。

テーマ:書道 - ジャンル:学問・文化・芸術

家にいながらにして論文を読む・リポジトリ横断検索


最近は、大学の紀要などのリポジトリが徐々に普及しはじめて、インターネット環境にあれば、どこからでも研究論文そのものを見る、入手することが可能になった。

ただし、ほとんどは大学が単位となって、それぞれがそれぞれのところで公開しているので、効率よく電子版があるのかどうか、ファイルが入手できるのかどうか、わからなかった。


最近では、
CiNii - NII論文情報ナビゲータ
http://ci.nii.ac.jp/

の検索画面で、「CiNiiに本文あり、または連携サービスへのリンクあり」にチェックを入れれば、電子ファイルが公開されているものを横断的にキーワードなどで検索することができるようになった。非常に便利になった。

ためしに「古代中国」で検索をかけると131件ヒットする。

同様のサービスは、
JAIRO : Japanese Institutional Repositories Online
http://jairo.nii.ac.jp/

にもあり、「本文あり」にチェックを入れて検索することができる。

これまた同じように「古代中国」で検索をかけると63件ヒットする。


ん?

131と63・・・だいぶ違いますね。

出版の新しい順に並べて、冒頭に来る5件を比較してみると以下の通り。




CiNii
1.
長谷川 智治「山岳表現考 : 古代中国から法隆寺の玉虫厨子へ」『佛教大学総合研究所紀要』19, 2012-03-25
CiNii Link1
2.
横山 裕「古代中国の礼における福祉思想(その2)」『九州保健福祉大学研究紀要』13, 25-34, 2012-03
CiNii PDF - オープンアクセス
3.
笹倉 秀夫「古代中国の軍事学 : 西洋古典との比較から見えて来るもの (早川弘道教授 追悼号)」『早稲田法学』87(2), 209-263, 2012
機関リポジトリ
4.
大塚 吉則「漢方と温泉:─温泉医学的考察─」『日本東洋医学雑誌』63(3), 2012
J-STAGE 医中誌 CrossRef
5.
銭 国紅「儒教中国の自画像(2) : 古代中国と儒学に関する一思考」『大妻比較文化 : 大妻女子大学比較文化学部紀要』13, 84-101, 2012
CiNii PDF - オープンアクセス


JAIRO
1.
原宗子「古代中国における樹木への認識の変遷 : 簡帛資料等を中心に」『東洋文化研究所紀要』163 , pp.1 - 45 , 2013-03-27 ,
東京大学学術機関リポジトリ
2.
末次美樹・猪越悠介「武道における礼の概念 : 古代中国に成立した礼の考察」『駒澤大学総合教育研究部紀要』7/201303. , p.665-6742013-03 ,
駒澤大学学術機関リポジトリ
3.
石松日奈子・中川原育子・影山悦子「古代中国をとりまく胡漢諸民族の服飾に関する調査研究」『服飾文化共同研究最終報告』2011 , pp.72 - 83 , 2012-03-30
文化学園リポジトリ
4.
長谷川智治「山岳表現考:古代中国から法隆寺の玉虫厨子へ」『佛教大学総合研究所紀要』19 , pp.67 - 108 , 2012-03-25 ,
佛教大学論文目録リポジトリ
5.
笹倉秀夫「古代中国の軍事学 -西洋古典との比較から見えて来るもの」『早稻田法學』87 ( 2 ) , pp.209 - 263 , 2012-01-20 ,
早稲田大学リポジトリ


件数はCiNiiに軍配があがるが、上の結果のように、JAIROの方がより新しいもの(2013年)を反映しており、また収録雑誌にも異同がある。

つまり、当面は両方で検索をかけてみた方がよい、ということだろう。それはともかく、むかしは「論文は歩いて集めろ」(国会図書館や他大学図書館や研究所に直接赴いてコピーして集めろ)と言われたものだが、網羅的ではないにせよ部分的でも電子ファイルで見られる、入手できるのは本当にありがたい限りだ。

できれば、中国並みにほとんどの書籍・雑誌を電子化してもらいたい。もちろん著作権があるから難しいのだが、商売用ではないものに限っては、読んでもらえば著者もうれしいのではないだろうか。

馬彪『秦帝国の領土経営』京都大学学術出版会、2013年。




馬彪
『秦帝国の領土経営: 雲夢龍崗秦簡と始皇帝の禁苑』
京都大学学術出版会、2013年3月8日、6300円
秦帝国の領土経営: 雲夢龍崗秦簡と始皇帝の禁苑


帝国統一後の生涯全てを征服地への旅にあて、自らその権威を示した始皇帝。支配の実態と、旧来祭祀の場と解釈された禁苑がその拠点になっていたことを、最新の出土竹簡研究によって明らかにする。

第1章 研究の課題と方法
第2章 研究史上における問題
第3章 龍崗秦簡が出土した楚王城
第4章 龍崗秦簡に見る禁苑の構造と皇帝の巡幸道
第5章 龍崗秦簡における「闌入」律令の考察
第6章 龍崗秦簡における入禁と通関の符伝制
第7章 龍崗秦簡の律名復元と文字の特徴
第8章 龍崗秦簡による周秦帝国原理への新思考―古代農‐牧境界文明の優位性

この本、京都大学学術出版会のHP(http://www.kyoto-up.or.jp/book.php?id=1875)で見ると「在庫なし」となっていて、刷り数が少なかったためか、すでに版元品切れの状態。amazonなど通販書店でも在庫少数となっているところが多い。

目次から判断するとほぼ、「龍崗秦簡」の分析に費やされているようだが、断簡の多い「龍崗秦簡」をどのように扱っているのか、利用しているのか、読んでみたいところだ。他の秦簡で補うとしてもそれほどピッタリ復元できる簡が少なかった記憶がある。

国家あるいは王朝が、土地あるいは領域をどのように認識・把握・支配していたのか、というのは古くからあるもののまだまだ掘り下げられる、新しい視点から見ることのできるいわば新しいテーマだ。

テーマ:中国史 - ジャンル:学問・文化・芸術

森本淳『三国軍制と長沙呉簡』

以前、拙ブログでも、予告をしていたのですが、論文集として公刊されることになりました。

若手中国史研究者による論文集、というのはいくらでも出ているのでしょうけれど、万感の思いをこめて本書をあげておきます。



三国軍制と長沙呉簡
森本 淳『三国軍制と長沙呉簡』汲古書院、2013年。

目次を以下に紹介。

第一部 曹魏軍制論
 第一章 曹魏軍制前史――曹操軍団拡大過程からみた一考察――
 第二章 曹魏における刺史と将軍
 第三章 曹氏政権の崩壊過程に関する一試論――軍事権との関係を中心に――
 第四章 魏晋無血革命論――都督の人選を中心として――
 第五章 曹魏・西晋期における中級指揮官について――都督の支配構造に関する一考察――
第二部 漢晋間の軍制と地域社会
 第一章 後漢末の涼州の動向
 第二章 曹魏政権下の「雍州」
 付 章 曹真期についての考察
第三部 長沙呉簡研究
 第一章 嘉禾吏民田家莂にみえる同姓同名に関する一考察
 第二章 長沙呉簡からみる孫呉の下級軍事制度考初編
 第三章 長沙における簡牘研究の現状と長沙呉簡に関する調査覚書


俗にいう三国フリークの人たちがむむっと思うところは、やはり第一部で展開されている軍事態勢・軍事から見たこの時代の流れ、特質でしょうね。もちろん、石井仁氏らの先達がいたとはいえ、彼が展開する世界もまた興味深い試論だと思います。曹操時代から曹魏の終焉をも「軍事」から見通すというのは、議論として魅力を感じるところです。

テーマ:三国志 - ジャンル:学問・文化・芸術

次のページ

FC2Ad

,

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。