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古代中国箚記

古代中国の文章・文物・歴史・研究について。とりあえず漢文(古典漢語)や漢字について徒然なるままに、また学会覚書、購書記録なども記していきます。

「初年」考(二)

紙の辞書で解決しない場合はどうすればいいか。

答えは、シンプルです。ググる(Google検索をする)のです。

ただし、校正/校閲のためのググり方というのがあります。たいしたことではありませんが、知っているか知っていないかで大きな違いといえるでしょう。

たとえば、「明治初年度」ということばをググります。普通にググると以下のような画面になります。
mingzhichuniandu.jpg

画像を見ればわかるように「明治」と「初年度」あるいは、「明治」「年度」「初」が同じページにあるところが検索結果として出てしまいます(約114万件ヒット)。

知りたい/調べたい言葉をダブルクオーテーションで囲むと"その文字面(もじづら)"があるページを結果に出してくれます。
mingzhichuniandu_quote.jpg

約6730件の「明治初年度」という文字が、インターネット上にある、ということがわかります。


このダブルクオーテーション検索は、インターネットでの用語使用例がわかる、とんでもない便利なものです。たとえば、校正・校閲では「指摘」や「疑問だし」といった、100パーセント間違いではない/正しいか知らないのだけれど、このほうがいい、こうではないかという校正者の意見を編集者や執筆者に伝えることがあります。

その根拠に『広辞苑』や用字用語集をあげても、あまり意味がありません。なぜなら、執筆者は自分の書いたものが正しいと思って原稿をゲラにしているのですから、ほかの候補を提示されても、積極的に採用する理由がないからです。

「Google検索ではABCは~~件、abcは~~件」と出すと、執筆者は多いほうを選ぶことが多いです。

なぜか。

ご存知の通り、言葉は移ろい変わるものです。辞書や文法が正しいものだとしても、たとえば誤用が主流になっていたら、執筆者の意図をより正確に読者に伝えるのは、「正しい用法」ではなく「誤用」のほうなのです。

閑話休題。
「明治初年度」の上から3つは、URLがgo.jpドメインなので、日本政府・官公庁関係です。一番上のExcelファイルをみてみると、「明治初年度以降」とは、「明治8年度までの会計年度」を指しています。

このファイルでは、もう一つ興味深いことがわかります。現在の日本では4月から年度が始まるのは常識で、それを疑うことはまずありません。この統計表から「4月が(会計)年度始まりとなったのは明治19年」だということも分かります。

また、画像より下にある「明治翻訳語のおもしろさ - 国際言語文化研究科」というpdfでは「表2:明治初年度の翻訳点数」として1868年(明治元年)から1882年(明治15年)までの翻訳された書籍の点数を数えています。

明治初年度=明治年間のはじめの何年か


こんな風にして、より信頼度の高いサイトを主として「明治初年度」が何を意味しているのか、帰納的に導きだすと、明らかに、「明治年間のはじめのころの数年度」であって、「明治元年度」とは異なることが分かります。

実は私は校正・校閲で辞書をほとんどひきません。自分の日本語に絶対的な自信があるわけでもありません。

ネットで検索をすれば、辞書に載ってないことを知ることができるからです(送り仮名の本則などは用字用語辞典をひきます)



「雍正初年」と「雍正元年」が混在している論文は、「雍正初年」の箇所に「雍正元年と勘違いされる可能性があるので、雍正年間初期とする?」と鉛筆で指摘しておきました。
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「初年」考(一)

本当にお久しぶりです。研究らしい研究はしておりませんでしたので、ここに書くべきことがありませんでした。

FacebookやらTwitterやらはやっていたのですが、ようやくここに、つまりFacebookのような友人プラスアルファくらいのコミュニティではなく、Twitterのような文字数に限りがあり、かつインターネット検索にかからないSNSでもない、公開の場で多くの人に後々まで見ていただきたいと思うような内容がでてきました。



「初年」という言葉があります。

漢字二文字で音読みなので、和語と漢語からなる日本語という区分では「漢語」です。
当然、中国の古典籍にも登場する言葉・語彙ですから、中国語(漢語)という意味においても「漢語」です。

この日本語の漢語と中国語という意味の漢語の両者で、同じ漢字・語彙・字面なのに意味が違うということがあります。
日本語のなかの中国語由来のことばを「漢語」というのですが、日本で作られた「和製漢語」もあります。でもまあ、ほとんどの場合は両者は同じ意味なので、ふだんはそれほど両者の違いを意識してはいません。

では、みなさんは、たとえば「明治初年」といった場合、いったい具体的に何年を想像されるでしょうか。

私の日本語感覚では、「初年」という言葉は使用しません。もっぱら読む側です。「明治初年」と書いてあれば「明治元年のことではないかな」というのが、パッと見た、すぐに思いついた考えでした。前後の文脈から、明治元年以降を表していても、違和感を覚えません。つまり、ただたんに「明治初年」という字面からは、頭の中でとっさに"「明治元年」とほぼ同じなのだろう、と変換する"、ということです。

最近読んだ論文に、はじめの方に「雍正初年」という字面(じづら)が2回出てきて、終わりの方に「雍正元年」と出てくるものがありました。はじめの方は「雍正初年≒雍正元年」と脳内変換して読んだので、あとの方で「雍正元年」と出てきたときに、「あれ?雍正初年は雍正元年じゃなかったのかな」とちょっと不思議に思いました。ただの表現上の不統一なのかなと感じましたが、念のため、辞書をひくことにしました。

こんなときにひくのは、まず日本語として「初年」がどういう意味なのかを知りたいのですから、当然『国語辞典』です。
最近、『広辞苑』が改訂されるという話題をあちこちで耳にしますが、僕は『広辞苑』を買ったこともなければ使ったこともなく、日本語の辞典といえば、
小学館『日本国語大辞典』(第二版)全13巻
を生みだした、小学館のものをひきます。この第二版が死ぬほど欲しいのですが、たとえ買っても置く場所に困るので、我慢してます。お薦めなのは、その内容をぎゅっと凝縮し、1冊本にした、『国語大辞典』小学館、1988年です。ちょっと古いのですが、新語を調べるわけでもなく、なにより安価で入手できますから、お薦めです。

そこには、このように解説してありました。

しょ-ねん【初年】①ある物事をやりはじめた年。第一年。②ある期間のはじめのころ。「明治初年」
―― -ど【初年度】ある仕事や事務が始まる最初の年度。第一年度。
―― -へい【初年兵】旧陸軍の兵士で、入隊してから一年以内の者。

さて、困りましたね(笑)。

「明治初年」と用例が出てあるところでは「はじめのころ」の意味だとしながら、「初年度」「初年兵」では明確に「一年(間)」です。「はじめのころ」=「一年(間)」であれば、この説明は矛盾なく理解することができます。しかし「初年」の項に、①第一年と②はじめのころの両方の意が明記されているので、それは否定されます。「はじめのころ」はあくまでも「はじめのころ」なのでしょう。

とすると、「明治初年度」という言葉は、「明治のはじめのころのうちの、とある一年度」なのでしょうか、それとも「明治元年度」と同じと言えるのでしょうか。あるいは、そんな矛盾するような言葉は存在しないのでしょうか。

このような「辞書をひいても分からないこと」を解決する方法がひとつあります。

少し長くなりましたので、続きは、次回に話しましょう。



ちなみに、僕は本当はもう紙の辞書をひくことはほとんどありません。とくに『国語辞典』はいっさいひかずに、ネットで調べています。ネットは信頼性が、、、と思うかもしれませんが、コトバンクなら、紙の辞典を電子化してネットで公開しているので、安心です。